メンデルスゾーン

(1809〜1847 ドイツ)
祖父は哲学者(てつがくしゃ),父は富裕(ふゆう)な銀行家であったメンデルスゾーンは,幼いころからめぐまれた環境(かんきょう)の下でその才能をのばしました。彼(かれ)は,有名な音楽家たちとのふれ合いやヨーロッパ各地への旅行によって,広い音楽の教養を身につけ,早い時期から演奏家,指揮者,また作曲家として活動しました。
ベルリン大学の学生であった20歳(さい)のとき,彼はバッハの「マタイ受難曲」の再演を行いました。これによって,長く忘れられていたバッハの音楽に再び注目が集まったことは,今日も高く評価されています。彼はその後,26歳からライプツィヒのゲヴァントハウス管弦楽団(かんげんがくだん)の指揮者を務め,ライプツィヒ音楽院の創設にも力をつくしました。
メンデルスゾーンは38年という短い生涯(しょうがい)に,多数の作品を残しています。代表曲には,交響曲(こうきょうきょく)第3番「スコットランド」,劇付随(ふずい)音楽「真夏の夜の夢」,ヴァイオリン協奏曲 ホ短調,ピアノ曲「無言歌集」などがあります。
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