ハイドン

(1732〜1809 オーストリア)
ハイドンは,生涯(しょうがい)にわたって実にたくさんの曲をつくり,古典派の音楽様式を確立したといわれる作曲家です。
彼(かれ)は,8歳(さい)のころからウィーンのシュテファン大聖堂の少年聖歌隊員として活躍(かつやく)しました。しかし,変声期をむかえて聖歌隊を辞(や)めたあとは,何年も決まった仕事が見つからず,苦労を重ねたようです。
29歳のとき,ウィーンの近くのアイゼンシュタットに住んでいた貴族のエステルハージ侯爵(こうしゃく)に招かれ,やがてその宮廷(きゅうてい)の楽長となります。ハイドンはおよそ30年,侯爵の宮廷に仕え,その間に多くの作品をつくりました。その後は,2度にわたって長いロンドン旅行に出かけ,ここでも名声が高まりました。
彼は生涯に,100曲をこえる交響曲(こうきょうきょく)や70曲近くの弦楽(げんがく)四重奏曲を作曲し,このジャンルの音楽を発展させました。中でも,弦楽四重奏曲「ひばり」は,ひばりが空高く舞(ま)い上がるようなメロディーで人気があります。

※少年聖歌隊員:教会や宮廷で礼拝のときに歌う少年の歌手。 
※楽長:教会や宮廷などの楽団の中でいちばんえらい立場の人で,指揮や作曲をしたり,メンバーの指導に当たったりします。

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