郷土の音楽:東京都

東京都(とうきょうと): |江戸(えど)の鳶木遣(とびきやり)|葛西囃子(かさいばやし)|神田囃子(かんだばやし)|

 


江戸(えど)の鳶木遣(とびきやり)

 木遣(きやり)(木遣(きや)り)とは,もともとは重い材木(ざいもく)を運ぶ作業や,建物(たてもの)を建(た)てる前に地面をならす作業のときにかけ声とともに歌われる仕事の歌でした。江戸の鳶木遣は,地面をならす作業のときに歌われていました。
 木遣は,全国で歌われています。祭礼で山車(だし)や神輿(みこし)とともに歌われるものや,伊勢(いせ)や諏訪(すわ)のご神木を動かすときのものも,よく知られています。江戸では,鳶職人(とびしょくにん)が町の火消し役を兼(か)ねていたことから,仕事以外(いがい)でこの歌を歌うきっかけが生まれ,しだいに祝(いわ)い歌としての性格(せいかく)ももつようになりました。現在(げんざい)では,消防関係者(しょうぼうかんけいしゃ)による仕事始めの行事や,結婚式(けっこんしき),ときには人の死を悲しみ,おしむ会でも歌われています。
 声を長く引(ひ)っ張(ぱ)る拍(はく)のない自由なリズムが特徴的(とくちょうてき)な歌です。木遣(きや)り師(し)(音頭(おんど)取り)が独唱(どくしょう)で歌い始め,その歌に応(こた)えるように,大勢(おおぜい)の受け手(側受(がわう)け)が斉唱(せいしょう)するという形式で歌われます。「真鶴(まなづる)」や「手古(てこ)」といった曲目があり,歌には,「エー」や「ヨー」などで引っ張る部分が多いです。なかには「地言(じごと)」という即興的(そっきょうてき)に歌われる詩もふくまれます。
 「江戸の鳶木遣」は,東京都の無形民俗文化財(むけいみんぞくぶんかざい)に指定されています。
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葛西囃子(かさいばやし)

 東京都葛飾区(かつしかく)にある葛西神社のお祭りで演奏(えんそう)されるお囃子(はやし)が「葛西囃子」です。今から300年ほど前に,神主であった能勢(のせ) 環(たまき)によって始められました。その後,周辺地域(しゅうへんちいき)に広く伝(つた)わったため祭り囃子の元祖(がんそ)ともいわれています。
 長胴太鼓(ながどうだいこ),締太鼓(しめだいこ),鉦(かね),篠笛(しのぶえ)の楽器が用いられますが,楽譜(がくふ)はなく,楽器のリズムや音の感じを言葉で表した唱歌(しょうが)を何回も歌い覚(おぼ)えて演奏します。
 曲は「屋台(やたい)」「昇殿(しょうでん)」「鎌倉(かまくら)」などがあり,一定の順序(じゅんじょ)で続(つづ)けて演奏されます。他にもお面を着けておどる曲や獅子舞(ししまい)の曲などがあります。
 現在(げんざい)は,保存会(ほぞんかい)を中心に伝統(でんとう)を守りながら受けつがれ,地域(ちいき)の小学校などでは子どもたちも演奏しています。

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神田囃子(かんだばやし)
 神田囃子は,千代田区外神田(ちよだくそとかんだ)にある神田神社(神田明神(かんだみょうじん))で行われる神田祭(かんだまつり)で演奏(えんそう)されます。
神田囃子の由来としては,建久(けんきゅう)3年(1192年),源 頼朝(みなもとのよりとも)公が征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)に任(にん)ぜられ,鶴岡(つるがおか)の神社前で盛大(せいだい)な祭りが行われたときに,五人囃子(ごにんばやし)を奉納(ほうのう)したのが始まりとする説や,葛西囃子(かさいばやし)と関係があるとする説などがあります。

楽器の編成(へんせい)は,大太鼓(おおだいこ)1人,締太鼓(しめだいこ)2人,篠笛(しのぶえ)1人,鉦(かね)1人の5人(五人囃子)です。篠笛は「トンビ」ともいわれ,なだらかな美しい音色を出します。また,鉦は「よすけ」といって,ほかの4人を助ける大事な役割(やくわり)を担(にな)います。
この5人の座(すわ)る位置は決まっていて,正面から向かって,前列の左から大太鼓・締太鼓の真(しん)・締太鼓の流(ながれ)の3人が座り,後列は左から鉦・篠笛の順で座ります。
撮影協力:東京都民俗無形文化財 神田囃子保存会、神田明神
撮影場所:神田明神 神楽殿

神田囃子は,「地囃子(じばやし)」といって,打込(うちこみ),屋台(やたい),昇殿(しょうでん/しょうてん),鎌倉(かまくら),仕丁目(しちょうめ),屋台の6曲が基本(きほん)となり,順に演奏されます。初めの締太鼓の独奏(どくそう)が「打込」です。続く「屋台」は,悪魔払い(あくまばらい)の曲だといわれ,篠笛に始まり締太鼓が入ります。そして,鉦・大太鼓という順で「昇殿」が続きます。これは「聖天」と書かれることもありますが,地囃子を代表する曲です。歌舞伎(かぶき)でも,祭礼(さいれい)の場面や元気のよい人物が登場するときに用います。「鎌倉」は神前で奏(かな)でる静かな曲です。「仕丁目(四丁目)」はゆるやかな曲調です。最後の「屋台」は,初めと同じ曲にもどります。 
このほかにも,「獅子(しし)」「投げ合い」など数曲の囃子があります。 
神田祭について,少しふれてみましょう。江戸時代(えどじだい),江戸市中を回り歩く祭り「江戸大祭(えどたいさい)」の一つとされ,また,将軍(しょうぐん)に見ていただくため神輿(みこし)が江戸城(えどじょう)に入ることを許(ゆる)されたことから,「天下祭(てんかまつり)」といわれていました。神田囃子は神田祭につきものとして,上は将軍,下は庶民(しょみん)まで広く楽しまれていたそうです。
同じく江戸の祭りとして,日枝神社(ひえじんじゃ)の山王祭(さんのうまつり)があります。こちらも神田祭と同じく,盛大(せいだい)に行われていましたが,年々,たがいの盛大さを競うようになっていったそうです。そのため,天和(てんな)元年(1681年)以来は町民の負担(ふたん)を軽くするように,1年おきに交代で祭を行うようになりました。つまり神田祭は,本祭り(ほんまつり)の年に盛大に祭礼を行い,陰祭り(かげまつり)の年には,山王祭のほうが盛大な祭礼を行うようになったのです。
そのころの神田祭は,旧暦(きゅうれき)の9月15日に行われていましたが,明治以降の現在(げんざい)は,5月中旬(ちゅうじゅん)(年によってちがいますが,10日ごろから15日まで)に行われています。
今でも,本祭りの年の神田祭は,神社の御霊(みたま)を入れた山車(だし)が練(ね)り歩いたり,各町からたくさんの神輿が出たりするなど,規模(きぼ)が大きな祭が行われます。その際,神田囃子は屋台の上で演奏されるほか,神田明神の神楽殿(かぐらでん)でも演奏されるのです。

【参考曲】
葛西囃子(かさいばやし)
江戸里神楽(えどさとかぐら)
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